土建屋さんでバイト

アルバイトして買ったRZ50。

私が高校生だったころのアルバイトといえば近所の土建屋さん。俗にいう「土木作業員」ですね。

親方は酒飲みで、朝から赤い顔をしていて酒臭かったのを思い出します。今では考えられない事ですが、当時はそういう人も居たのです。おかげで楽しいチームでしたし「若い衆とか若いアニ」と言って可愛がってもらいました。

チームの中でも一番若かった私は、重機で掘った穴に真っ先に飛び込んで行ってスコップとジョレンで整地をする係でした。

その穴に栗石を敷き詰めてから捨てコンを打ってから型枠を組んでコンクリートを流し込み、大きな擁壁を作るという仕事を結構沢山行いました。

次は斜面の法切り(のりきり)が多かったです。チームのメンバーは皆さん結構な年齢で、法面に立ってデコボコを綺麗に均すという仕事がキツかったのです。

夏休みとか春休みとか、長期の休みはほぼ毎日建設現場でアルバイトをしていました。

1980年代初めの頃ですが日給6,000円~7,000円程度もらっていましたのでまあまあの金額になりました。

バイト代でRZ50購入

私が購入したRZ50は初期型でスピードリミッターが搭載される前の車両でした。色は黒青で当時の値段で170,000円位だったと思います。

春休みに目いっぱいバイトしてようやく購入できた記憶があります。ポンとお金を出してもらえる様な裕福な家ではなかったので必死にアルバイトをしながらお金を貯めた記憶があります。

納車の日、現金で支払う時に「頑張ってアルバイトしたから」と、バイク屋のおっちゃんが少し値引きしてくれたのを思い出します。

自賠責や任意保険は親父がかけてくれたので自分で用意したのは車両代だけで済みました。あと、日々の燃料代ですね。

部活に入っていたので毎日アルバイトをすることが出来ませんでしたから、長期の休みに稼いでおいて燃料代をチビチビ使っていた思い出があります。

RZ50で覚えた事

親父が車やバイクや農機具まで面倒を診る整備士をしていた事もあり、家には工具がいっぱいある環境で、中学生の頃には調子の悪い耕運機のキャブレターをバラして清掃する方法を教わっていました。

RZ50ではまずキャブレターのセッティングを変えてみたりして「なるほどこうやって調整するんだ!」と納得しました。

次に、シリンダーヘッドを削って圧縮比を上げてみたりヘッドの裏を鏡面仕上げにしたり、ポート研磨をしたりという改造も自分の手で行いました。

まあ、2スト単気筒という単純な構造だったので出来たのですが、行っただけの甲斐がありました。

マフラーもスプロケットもノーマルのままでしたが、メーター読みで94km/hまで出ていましたし同時期に買った友人のRZ50と並走していて置き去りに出来たのは良い思い出です。

1983年 当時の仲間とビーナスラインへ。

このRZ50は毎日の足として活躍したのはもちろんですが、時にはビーナスラインを走ったり、軽井沢から浅間山の周囲を走ったり、林道でオフロード走行まで行って楽しんだ思い出がいっぱいあります。

RZ50のその後

XJ400Z 浅間山をバックに。

高校を卒業した私はヤマハXJ400Zを購入してRZ50は弟に譲りました。

喜んで乗っていた弟ですが、ある日エンジンが故障してしまいました。バラシたらピストンに穴が開いていた!と言っていた記憶があります。確かその後解体屋さんで廃車のRZを仕入れてニコイチをやって乗っていたと思います。どちらの車両がベースになったか記憶がありませんが、弟も楽しんで乗っていた様です。

その後、弟も高校を卒業して中型免許を取り、RZ50は弟の後輩に譲りました。しばらくの間、後輩が乗り回しているのを見ましたが、やはりその後大きなバイクに乗り始めたため見なくなりました。

その後どうなったのかは知りません。

RZ50まとめ

始めて自分が稼いで買ったバイク「RZ50」は沢山の思い出があるバイクです。きっと同じ様な経験をしている方が多いのではないでしょうか。

このバイクでバイクのいじり方も覚えましたし遠くにも出かけました。その後何台かバイクに乗りましたがRZ50は忘れる事ができない印象深いバイクになりました。

やはり、初めて自分で稼いだお金で買ったバイクだから忘れる事はできません。

さて、今はバイクを降りてしまっているオジサンの皆さん。安全運転でもう一度乗ってみてはいかがでしょう。

現在アルバイトをしてバイクを買おうと頑張っている皆さん。楽しい思い出をいっぱい作ってください。

すでにリターンしているオジサンもずっと乗っているオジサンも、安全運転で楽しいバイクライフを。

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